マンションまでの数百メートルの道のり。
エントランスホールでエレベータを待つ時間。
正直言って、緊張と、高瀬によってもたらされた高揚感で、いっぱいいっぱいだった。
この男のどこが好きなのか、正直よく分からない。
だけど、―――…。
この時の私は、この手を離したくないと、馬鹿みたいに願っていた。
*
「高瀬っ……」
当然のように手を引かれたまま、高瀬が自分の部屋の玄関の鍵をまわしたところで、ハタと気付いた。
扉を開けてそのまま入ろうとする高瀬を呼び止める。
「何?」
「わたし…ミュウにえさやらなきゃ…」
「ミュウ……??」
顔だけを振り向かせた高瀬は訝しげな表情を向けた。
そうだ。高瀬には猫を飼っていること自体話したことがなかったのだ。
「猫、飼ってるの……。多分家で私の帰りを待ってる」
いつも主人の帰りが遅いことにはきっと慣れてるはず。
だけど、このまま餌をあげずに高瀬の部屋に入るのも躊躇してしまう。
いつもツンとして女王様気取りのミュウだけど、時折みせる寂しそうな表情を私は知っている。
ミュウは元々捨て猫だった。
それを、1年前。私が拾ってきたのだ―――。
「へえ。初耳だな。悠木が猫飼ってるなんて…」
低いテノールの声。口角を上げて高瀬が微笑んだ。
「じゃあ…、ミュウにごはんあげてから、俺の部屋来れる?」
うん、とだけ告げれば、待ってる、と返事が来る。
高瀬が高い背を屈めれば、私の前髪にキスが落ちた。
*
自分の部屋の玄関を開けて、「ただいま」と言うや否や、ミュウがスタスタと私の足元に歩み寄り、可愛い声を出して出迎えてくれた。
小さな体を抱っこしてムニムニと顔を揉んでやると気持ち良さそうな顔をする。
「ごめんね、遅くなって…」
抱きかかえながらリビングに入るとそこはシンと静まり返っていた。
ミュウ御用達のキャットフードをお皿にあけてやると、私をチラリと見やった後、勢い良く食べ始める。
よっぽどお腹がすいていたのかもしれない。
ミュウから視線を外して、何の気なしにリビングを見渡した。
ここは私の帰るべき場所なのに、人の気配が全くしないリビングに寂しさと心細さを感じてしまう。
リビングダイニングは15畳程の広さで、居心地は申し分ない。
好きな家具ばかりを揃えた。
アクタスでふかふかの一流のソファも買った。
だけど……。
このLDKの大きさは、ひとりであることを助長してしまう気がする。
ミュウの前に座り込んでぼんやりとしてしまったらしく、チャイムの音でハッと意識が舞い戻った。
高瀬、だと思う。
インターホンにも出ずに玄関へと走る。
扉を開けると、やっぱり高瀬だった。
「おせーよ」
そう言って頭を小突かれた。
高瀬は既にTシャツとチノパンというラフな格好に着替えていた。
「ごめんっ、なんかぼーっとしてた」
「何?俺のこと放置かよ」
「ちょっ…!なに…っ」
しょげたようにそういって、玄関のシュークローゼットの前で、高瀬は急に私を抱き締めてくるから。
本気で慌てた。
「早く来いって…。それとも、……悠木の部屋でもいいよ俺」
「ひゃぁっ…、」
耳元で吐息混じりの声が落ちる。
まるで吹き込むように囁かれた。
そのまま首にキスをされて、引きつった声を上げてしまった。
小さなリップ音を鳴らして、私の服をずらして肩のラインに何度も口付けをされるから。
身体の力を奪われた私は、高瀬に寄りかかりながら、その甘さに必死に耐えた。
「悠木……俺……」
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