スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Sugary 1-3

このマンションの、この505号室を購入したのはちょうど1年まえのことだった。
冬特有の寂しさがまだ残る3月。私はあと1ヶ月で28歳になろうとしていた。



その時の自分の決断のよさといったら半端なかったと、我ながら思う。



何軒かのマンションギャラリーをはしごして、現地を下見して。
最後に見たのがこのマンションだった。
落ち着いた内装と、環境の良さ、そして何よりリビングが良かった。



バルコニーに続く掃き出し窓は、今まで内覧してきたマンションの中で、一番大きい作りだった。
4連窓から光が差し込むリビングは開放感に溢れていて。



冬の陽射しというのはなんでこう暖かく感じられるのだろう。
モデルルームのリビングに入った瞬間に感じる柔らかい光に、私は一種の恍惚さを覚えた。



――自分の家であるような“心地よさ”を感じてしまったという表現が合うかもしれない。



それからはもう、全てが早かった。
そのマンション専属のファイナンシャルプランナーにローンを相談して。
貯金残高や手取りもこと細かく知らせた。
銀行からローンの査定が降りた時の気持ちは、当分忘れられそうにない。



――これで、確固たるものが出来る。

“自分の家が持てる”という事実が欲しかった。
 自分を奮い立たせる“何か”が欲しかった。



「三十路前の女が結婚もしてないのにマンションを買うなんて」

言いたい奴には言わせておけばいい。
銀行が、私の収入を査定して、お金を貸してくれたんだ。
それを利用してマンションを買っただけのこと。



 一人暮らしの女性であったとしても
“家を買う”という行為を何故咎められなければならないの?



1人で住むには充分な広さ。2LDKの505号室。
何の不自由も、不満もなく暮らしてきたというのに―――。



「お隣さんって、何で…隣は確か…」

「あぁ、山路さん?」


私が思い出すより先に、高瀬は隣の住人の名前を口にした。


「そう!山路さん!山路さんは?」

「もう引っ越したよ。1週間前に海外に転勤になったから。」

「何で…。だからって何で高瀬が!?」

「山路さんは俺の叔父だよ。1年だけシンガポールに転勤になったみたいでさ。
その間だけこの家に住まないかって山路のおじさんに言われて。ほら、俺今月からこっちに異動してきただろう?
ちょうど京都で家探してたところだったからタイミングがあったんだよ」




どうやら、信じたくもないが、事実のようだった。
現に、目の前にいる高瀬は、山路さんのスッキリした顔立ちに似ているのだ。



山路さんというお隣の男性は、50手前の渋い男性で、私と同じようにひとり暮らしだった。
時々朝のごみ出し等で会話する程度の間柄だったけど、いつも隙のない身のこなしをするようなこじゃれた人だった。
朝からなんでそんなにキマッてるんですかと聞いてみたくもあった。



――そうだ、この前会社帰りにたまたま山路さんとエレベータで一緒になった時…
ブラックのスーツをビシッと着こなす山路さんは、苦笑を浮かべながら、私に言ったのだ。


“実は、もうすぐ海外に転勤になるんですが、1年だけ私の兄の息子が住むことになったので
 よろしくお願いします”と。



これがまさか、高瀬隼人だったなんて――!!!



言葉を失ってぼんやりと呆けた私を、高瀬隼人が覗き込むように背を屈めた。


「よろしくな、悠木」

「…もう、最悪よ」

「最悪って…、最高の間違い?」

「まさか。」

「俺は嬉しいけど?お隣さんが悠木で」

「私は嫌だ!!せっかく気ままに住んでたのに。言っとくけど、お隣だからってプライバシーはちゃんとしてよね。
 何か用があってもピンポン鳴らさないで。ていうか、私に用を作らないで」

「ひどっ。お前、相変わらず容赦ないな」

「当たり前でしょ。…ていうか、私が隣に住んでること、なんで知ってるの?」



「あぁ。引越しの作業の時に、廊下で悠木と一度すれ違ったのに、お前ぼーっとしてて俺のこと気付かなかったからな。そういえば、あの時も今も、お前―――、」

「っ…!!」


――すっぴんだな。


耳元で囁かれて、私は泡を噴くように顔を真っ赤にさせた。



何度でも言う。
――最悪だ。コイツがお隣さんだなんて。







スポンサーサイト
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。